東京都豊島区の池袋で、臨床心理士・公認心理師の資格を持つ女性カウンセラーが、森田療法の考え方を用いてカウンセリングを行います。

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森田療法とは

森田療法は、大正8年(1919年)、東京慈恵会医科大学初代精神科教授の森田正馬博士によって創始された日本独自の精神療法です。

森田療法の特徴
(ほかの心理療法とのちがいと日記療法を中心に)

西欧の心理療法においては、不安や症状を、病的な異物とみなして除去しようとする傾向があります。

これに対して、森田正馬博士は、神経質(症)者の不安や症状を、「この一生をただで終わりたくない・偉くなりたい・真人間になりたいとの憧れに対するやるせない苦悩である」と捉えます。そして、「症状に悩むのは、悟りに達すべき迷妄の時期である」と考えます。

そこで、森田正馬博士は、治療の主眼を、生来欲求の強い神経質(症)者が、本来の心を自覚し、自立できるようになるための、人間性の再教育に置きました。


そのため、森田療法では、強い自己実現欲求がもととなって苦悩する人に対して、その素質に相応しい自然な生き方が実現するための、心理支援や建設的な生活態度の指導を行います。

生活態度の指導というと、たとえば、生活指導の先生が生徒に指導するような場面を想像してしまうなど、森田療法について誤解を招いてしまうかもしれません。実際、わたしが初めて森田療法という名前を、新聞の広告欄で見たときのイメージはこうでした。

森田療法道場、という道場がどこかにあって、患者は運動着に着替え、厳しい指導者からなにがしかの集団稽古をつけてもらい、心身を鍛練し、強化する、というイメージ。スパルタチックというか、権威的というか、そんな特殊な雰囲気の治療風景が想像されました。そして、森田療法について、あとになって正しく理解するまで、不気味なので近づかないようにしていました。

それでは、森田療法の心理支援や生活態度の指導とは、実際にはどのようなものなのでしょうか。ここでは、日記指導の例を挙げてイラストで説明してみましょう。

日記式カウンセリング(日記療法)はこんな内容です。

日記式カウンセリングで使用するノートの様子

大学ノートをAとBの2冊使用します。
カウンセリング時にセラピストと交換します。

1日1ページずつ日記を書きます。
余白にはセラピストがコメントを記入します。

ノートのコメント欄の、コメント①の中で、セラピストは、相談者の生活の中の努力行動を労い、コメント②では、相談者とともに不安症状の苦しみをわかちあう、という心理支援を行っています。

同時に、セラピストは、ノートのコメント欄を使って3つの生活態度の指導を行っています。1つは、毎日の起床時間と就寝時間を見ることによって、相談者が、生活リズムを保っているかどうか、生活全体に関わる姿勢を観察指導しています。2つ目は、相談者に、出来ないことだけに注目して極端に自己否定してしまいがちな態度習慣があることに気づいてもらい、新たに、事実を根拠に正当に自己評価する態度習慣を身につけてもらおうと働きかけています。3つ目は、相談者に、不安はあってはならない、という誤った人間性の認識を持っていることに気づいてもらい、人間であれば不安を感じるのは当たり前である、という正しい人間性の認識を伝えようと働きかけています。


日記療法のコメント例を見ていただき、森田療法の生活態度の指導がどのようなものかをご理解いただけたでしょうか?説明が十分出来ていなかった点もあるかもしれません。お伝えしたいのは、森田療法の生活態度の指導とは、決して、特殊な考え方を教え込むようなものではない、ということです。自分を苦しめている不自然で非現実的な生活態度習慣に気づいてもらい、自然な、その人に応じた生活態度習慣を身につけてもらうことを目的にしている、それが森田療法で行う生活態度の指導なのです。

このような森田療法に基づく支援により、自己理解、人間理解が深まり、人生観や人間観が変わっていくと、神経質(症)者の人格形成が発展し、自分らしい生き方に変化していきます。

森田療法が目指す最終目標とは、ほかの西欧の多くの心理療法が、症状の改善や消失を目標とするのとは異なり、本来の自分に備わった天賦の素質を知り、それを余すところなく発揮して、人生を全うできるようになること、ということができるでしょう。

日本生まれの森田療法と、西欧の心理療法の違いは、両者が創出された基盤にある文化の違い、すなわち東洋と西洋の自然観の違いによるものといえます。

森田療法との出会い その1 
(気づかないうちに出会っていた編)

*お急ぎの方は下の方のピンク色の枠内をお読みください。

「森田療法との出会い その2」でお伝えする出会い、つまり、私が33歳で神経症を発症して森田療法に出会うずっと前の高校生時代、私は、知らないうちに森田療法と出会っていた、ということが、神経症になった後で森田療法を学んでからわかり、非常に驚きました。その体験のおかげで、森田療法とのめぐり合いの縁を、一層強く感じることになりました。

高校生の頃、たまには小説でも読んでみるかとたまたま読んだのが、倉田百三「出家とその弟子」という作品でした。この作品は、浄土真宗を開いた親鸞と、弟子の唯円の二人が中心となり、人間の悩みや迷いや苦しみについて対話をする、という戯曲形式の作品です。

順番に、松若(唯円の子ども時代)、お兼(松若の母)、左衛門(松若の父)、親鸞、善鸞(親鸞の息子)、浅香(遊女)、かえで(遊女で、唯円の恋人)、その他の人達が登場してきます。上記に名前を挙げた人物たちの、なんと感じやすく、正直で、不器用で、まっすぐで、クヨクヨして、自信がなく、世渡り下手なことでしょう。彼らの、世の中を要領よく渡れないタイプの悩み苦しみを読み、私は、自覚のないままに自分を重ね合わせ、すっかり感情移入して、泣きながら夢中で読んでしまいました。

第一幕のあらすじです。吹雪の晩、宿を願いある家を訪れた親鸞一行に対し、主の左衛門は酒に酔い、「私は殺生も喧嘩もするし
酒も飲みます。私のような汚れたものの家に泊まっていただいては畏れ(おそれ)多い気がしますのでな。」と皮肉をいって追い返してしまいます。左衛門は、元来気の弱い性格でしたが、それでは世渡りはできない、心の善いものは馬鹿な目を見せられるのだから、酷い事に耐える強い心にしなければならぬ、とつとめて悪人のように振舞います。そのくせ自分を責め、良心の呵責をごまかすために、坊さんは人にきれいごとを教えるものだ、と信心を毛嫌いしていたのです。

親鸞一行は、仕方なく、雪の中、凍えながら、左衛門の家の外で夜を明かしていました。やがて酔いから覚めた左衛門は、悪い事をしたと反省します。そして、家を飛び出して雪の上にひざまづき、親鸞に泣いて謝ります。温かい室内に入れてもらった親鸞は、「私もまた、雪の中に私を追い出したあなた方を恨んだ悪人です」といいます。さらに、悪行の報いによる地獄行きを恐れる左衛門に対して、「善悪を超えて働く力があるのです。仏様の愛は私たちを悪いままで助けてくださいます。罪を赦してくださいます。私はそれを信じています。」と自らが開いた救いの道を伝えます。

親鸞は、9歳で出家して以来、自分の心を善くしよう、心から呪いを去りきってしまおう、と数十年修業をして苦しみました。しかし、その願いはかないません。そして、人間は善くなりきることはできないようにつくられている、ということを知ります。やがてとうとう、善くならなくては極楽に行けないのなら人間に望みはないことになってしまう、たとえ極重悪人であっても仏様の愛が助けてくださる、仏様の赦しの力で極楽参りができる、という法則がある、そう気づいたのです。


夜が明け、左衛門は、自らの業による罪深い行いを赦してくれ、元来の自分のままで生きて救われる道を示してくれた親鸞を、一生忘れない、と涙ぐみつつ見送ります。

この作品を読んだ頃の私は、自分に対して無知で、自分が不器用で世渡り下手だという自覚が全くありませんでした。それどころか、自分は外向的で図太い類だと思っていました。しかし、その時も今も繰り返し読み返したくなるのは、この第一幕です。善良でいては世渡りができない、と悪人になることを自らに課し苦しんでいた左衛門と同様に、私もまた、いつも明るく物怖じしない人間でいなくてはならない、と自らに課し、本来の自分の素質を否定して苦しんでいたのです。

神経症になってから森田先生の本を読み、倉田百三が森田先生の患者さんであったと知った時は大変驚きました。「出家とその弟子」にあんなに感動したのは、作者の倉田百三が、自分と同じで、森田療法によって救われた神経質性格の持ち主だったからなのでした。

森田療法との出会い その2 
(図書館での出会い編)

*お急ぎの方は下の方のピンク色の枠内をお読みください。

私は33歳の時、子育てが一段落した途端に、神経症を発症しました。不眠、胃腸の不調感、対人緊張等、かつて経験したことのない不安感や緊張感にとらわれてしまいました。

それまで、健康で明るく社交的だった自分が、一転して、人も自分自身の心身も、全てが恐くなり、廃人になってしまったかのように感じました。なぜこんなことになってしまったのか全くわからず、心療内科を受診してもよくならないまま、3年が経過してしまいました。

ある日、子どもの学校で知り合った人が図書館に誘ってくれました。心身が不調だったので、心理学のコーナーを見ていたところ、「ノイローゼが治る生き方・考え方 手紙による森田式生活の発見」(石井丈三著)というタイトルの本が目にとまりました。読んでみると、悩みから立ち直った人達の体験談が載っています。その悩みの内容を読んで私はびっくりしました。あまりにも自分の悩みとそっくりだったからです。

ある女性からの手紙には、それまで深刻な悩みがなかったのが、教師になってから、対人恐怖、自信喪失、情緒不安定、緊張、思考と行動のストップなどにとらわれるようになった、とあります。こんな苦しい状態なら、いっそ死んでしまいたいとも思います、と、苦しい気持が綴られています。私の苦しい気持と全く同じでした。

その女性をはじめとする相談者の悩みに対する著者のアドバイスを読んで、私は、長年無自覚でありながら、抱き続けていた生き苦しさの根本にある謎が氷解して行くように感じました。私は自分が神経質性格という性格であることを初めて知りました。とはいえ、それまで外向的な人間と思っていた自分が、実際は内向的で敏感な性格特徴であることを、はじめはなかなか受け入れられませんでした。それでも、著者のアドバイスは非常にわかりやすく、人間性に対する正しい認識を持つことによって、必ずこの悩みは克服できる、と直観的に信じることができました。

森田療法とは、家庭や学校では教育されることのない、人間性(人間の性質)についての体験的学習方法であることがわかりました。私は、それまでに意識したことのなかった「この自分という人間でこれからの人生を生きて行くことができるのだ」という、自分の未来に対する展望を、生まれて初めて持てたように感じました。

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